Essay


●●● ほおずき ●●●

 

 東京生まれの子どもには田舎が無くて可哀想----。そういって、祖父が伊豆に別荘を建ててくれた。お陰で、小学生から中学生にかけての全ての休みを、伊豆の田舎で過ごすことができた。海あり、山あり、川あり、温泉ありの、素敵な場所だ。
 川べりをブラブラ歩くと、半時間ほどで海に出る。川べりでは、ツクシやヨモギを摘むことが出来た。夏はお決まりの川遊びに磯遊び。家の裏の竹藪を抜けて、山のてっぺんまで行くのも楽しかった。至る所に夏みかんの木があって、爽やかな香りを放っていた。
 祖父は、傾斜の強い庭に段々畑をこしらえて、野菜をたくさん作ってくれた。勤労家の彼は定年退職後も、せっせと働く。自分の楽しみには四季の花を、孫たちのためには野菜や果 物を植えて育てる。ほおずきは、毎年必ず植えていた。

 このほおずき、ご承知の通り、丁寧に揉んで種を出すと、皮がほおずき笛になる。口の中に入れて、ギュッギュッと鳴らすあれだ。カエルの鳴き声みたいな奇妙な音がする。私の母くらいの女性だったら、誰でも子どもの時分に遊んだ経験があるはずだ。私たちも、毎年、このほおずき笛を作って遊んだ。
 ところが……。私は、一度もほおずきを鳴らせた試しがない。母に、
 「どうやるの?」
 と聞いても、
 「こうして、こうして、『ギューッ、ギューッ』と潰しながら鳴らすの」
 というだけで、詳しいことは教えてくれない。どうも、本人にも説明がしにくいようだ。子どもの頃からやっているので、自然と出来てしまうらしい。
 偶然に一回でも鳴らせたら、次から出来るようになるのではないかと、ふやけてベロベロになるまで口の中で試してみたが、一度も成功しなかった。
 今回、この絵を描いてから、ほおずき笛を作ってみた。やっぱり上手く鳴らせない。母の寿命があるうちに、しっかり鳴らし方を伝授しておいてもらわなくては、ほおずき遊びも途絶えてしまうかもしれない。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


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