Essay


●●● 毛針 ●●●

 

 釣りに「凝った」ことは無いが、「やってみた」経験は度々ある。
 伊豆の海岸は入り江や岩場が多いので、おもちゃの釣り竿を担いで、よく遊びに行った。でも、針に虫を刺すのが可哀想だったので、私はもっぱら「カニ釣り」を専門とした。当時飼っていたフジコという名の犬がお伴をしてくれる。フジコは柴犬くらいの大きさの白と黒の雑種だ。
 カニ釣りに必要なのは、細い竹竿と、凧糸と、白身魚の切り身。それらを全部を結びつけて、入り江の潮の中にポチャリと垂らすだけだ。エサにつられて岩影からカニが顔を出してくる。彼らは両方の爪でしっかり魚を押さえて食べるので、そのままソーッと持ち上げればいい。水から上げても、カニは魚を挟んでいる。それをそのまま網の中へ。至極簡単。
 一度、よそ見をしていたら、竹竿が持っていかれるほどの引きがあった。慌てて竹竿を引いてみると、岩影から、エサの白身魚に食いついたフジコが現れて、びっくりしたことがあった。
 また、気がついたら満ち潮で、岩場が海の中になっていたこともある。またまた慌てて、道具を頭にくくりつけて、びしょ濡れになって浜辺へ逃げた。私はまだ足がついたが、フジコは泳がなくてはならなかった。犬もパニックになるらしい。三分の一くらい泳ぐと、怖くなるとみえて岩場に引き返してしまう。二、三度そんなことを繰り返しているうちに、潮がすっかり満ちてしまった。やむなく服のまま泳いで迎えに行ってやった。今思うと、子どもは危険なことをするもんだなぁ、と思う。
 フジコを背負って岸に泳ぎ帰ると、彼女はひどく恐縮していて、「本当に有り難うございました」とばかりに、私の手を随分長い間、舐めていた。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


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