Essay


●●● とうがらし ●●●

 

 辛いものが好きだ。
 だからお洒落なフランス料理よりはインド料理が、イタリア料理よりはタイ料理が好き、という具合に、辛い方へ辛い方へと舌が向く。インドネシア、ベトナム、四川、韓国と、みんなよろしい。カレー粉、とうがらし、豆板醤にコチュジャン、わさび、しょうが、タバスコと、辛い物のコンクールがあったら、是非とも審査員になりたいくらいだ。
 グァムに住んでいたころに、丈の短い、可愛らしいとうがらしと出会った。日本の鷹の爪と比べると、大きさは半分くらい、体積は三分の一くらいという小柄な実なのだが、辛いことは目一杯辛い。触った手で、うっかり瞼でも擦ろうものなら、何時間もの間、涙が止まらないほど威力がある。蒼いマンゴーやパパイヤでピクルスを漬ける時、このとうがらしを一本放り込んでおくだけで、何ともいえぬ 美味しさになった。
 同じ種類のとうがらしが沖縄にもある。多分、こちらが本家で、グァムのは沖縄から苗を持ち込んだものだろう。沖縄人は、このとうがらしを泡盛に漬けて、辛みの移った泡盛を調味料として使っている。とうがらしを細かく刻んで泡盛と混ぜたものも出回っているが、いずれにしても、舌がしびれるほど辛い。

 今年の春に、初めて小説を書いてみたのだが、その制作中に、辛い物が食べたくなって仕方がなかった。自分でもびっくりする量 のとうがらしを食べた。沖縄土産に頂戴した、激辛のとうがらし漬けを何瓶空けたことだろう。よく、妊娠した女性が「食いつわり」とかいって、特定のものが無性に食べたくなるらしいが、丁度そんな感じと思ってもらえればいい。
 餃子を大量に作って冷凍しておき、とうがらしが食べたくなると、その餃子を三つか四つ茹でて、ポン酢にインドネシア産の「チリペッパー(とうがらし)ソース」を混ぜ、沖縄のとうがらしをこんもりと盛って食べた。
 辛さが舌から喉を通って、体中を駆けめぐると、気力と集中力がぐっと増し、
「書くぞーっ!」
 という気力がお腹の底から湧いてくる。とうがらしのパワーで三百枚以上の原稿がスラスラと(?)出来上がっていったのだ。本当ならお社でも作って、とうがらしの瓶漬けをお祀りしなくてはならない。それ以来、「文章を書くときには、とうがらし」と決めている。
 しかし、これはどんな仕事にでも効くわけではなく、絵を描くときには、また別の物が食べたくなる。絵の場合は、不思議なのだが特定のものはなく、その時の気分で対象物が変わる。ちなみに、今回の個展の準備をしている時に、無性に食べたくなったのはキュウリだった。塩揉みしたり、サラダにしたり、ぬ か漬けにしたりしながら、毎日四、五本のキュウリを食べた。カタツムリかスズムシにでもなった気分で、この一枚も描いた。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


最新のエッセイ(&エッセイ一覧)へ



プロフィールご本イラストトップページ近況報告リンク
Copyright (c) 2002 Nana Higashi, Artless Art Studio.