Essay


●●● アロマオイル ●●●

 

 アメリカに居たお陰で、アロマオイルが「マイブーム」になったのは、随分と早い時期だった。ニューヨークのヤッピーあたりが、ハーブだ、アロマテラピーだ、寿司だ、漢方だ、禅だと騒ぎ出したのは十年も前のことだろうか。いかにもインテリ層に受けるエキゾチックアイテムたち。

 アメリカ人の親友ふたりと、南仏をゆっくり旅したことがある。
 三月初旬。いくら南仏といえども薄ら寒く、観光客は少なかった。青くて可愛いルノーを一台借りて、村から村へ、ホテルの予約も無しに旅して回った。下調べは念入りにしてあったが、ワイナリーがあれば寄り、小さな美術館、博物館があれば寄り、といった気楽な旅だ。(ところで、日本人は世界でも有数の美術館・博物館好きである。私設美術館・博物館のようなものが各地に多数あるが、フランス人も負けず劣らずの美術館・博物館好きとみえて、その類の施設は数限りなくある)
 どこを眺めてもいい景色。どの建物も古くて素敵。旅行中悪天候は一度もなく、女三人二週間も一緒に過ごして喧嘩ひとつしなかった。本来なら、「ものすごく楽しい旅行」のハズだった。
 ところが、その時の私の精神状態といったら最悪で、人生最大級の挫折のまん中にいた。何を見ても感動できず、何を食べても美味しくない。とにかく疲れていて、出来ることならじーっとホテルで寝ていたいくらいだった。
 同行の親友ふたりは、私の傷心ぶりに気付いていながらも、一年前から計画していたこの旅に照準を合わせて日夜準備してきたわけだからして、非常にテンションが高く、しかもそのハイテンションは、旅の間中、ずーっと続いていた。どうしても、私のためにペースダウンすることができないのだ。旅の後半、私は疲弊して、口数もめっきりと減ってしまった。

 そんなある朝、小さな村の市で、アロマオイル屋さんをみつけた。南仏は、ハーブの主要産地だから当然のことで、それまで目に入らなかったのが不思議なくらい。私は露店に並ぶ小さな瓶を手にとって、中のオイルの香りを嗅いだ。
 なんとも---なんともいえぬ清々しさが、辺り一面に漂う。
 思わず、目をつぶって、胸一杯に息を吸い、背中を後ろに反らせたままの姿勢で固まってしまった。
 別の小瓶も嗅いでみる。これまた別の、うっとりするような香りがした。
 隣の小瓶、隣りの小瓶と、次々に試して、その度に深呼吸と幸福の溜め息を繰り返す。売り子のおばちゃんが、嬉しそうに微笑んでいる。
 そこでたっぷり半時間ほど費やして、私は特に気に入ったアロマオイルを幾瓶か購入した。信じられないことだが、このわずかな間に、疲れはすっかり回復していた。気力が泉のように湧くのを感じた。
 ただ、ハーブの香りを嗅いだだけなのに。
 すごい効き目。
 勿論、今でもアロマオイル信奉者であります。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


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