小澤昔ばなし研究所 開設の趣旨

小澤俊夫


 昔ばなし研究所は1998年5月、川崎市の登戸に、まったく私的な研究機関として開設いたしました。その課題とするところは、二つあります。
 第一の課題は、口伝え文芸としての昔話そのものの分析・研究です。日本の昔話研究は、柳田国男、関敬吾らの大先輩によって拓かれ、現在も各地で優れた研究者たちが、 調査・研究を進めています。 その研究方法は、昔話の蒐集、昔話が伝承されてきた事情や伝承者にまつわる研究、すなわち民俗学的方法と、日本文学との関わりを明らかにする日本文学的方法が主です。 その他にも、文化人類学的視点からの研究も行われていますし、深層心理学的分析も行われています。そして、貴重な成果をそれぞれに挙げてきています。
 しかし、それらの研究は、いわば昔話の生態に関する研究であり、昔話を材料とした心理学的研究です。 もうひとつ、昔話という口伝え文芸は、文芸体としていかなる特性をもつか、各要素はいかなるイメージをもって語られているかという、いわば昔話自体の研究が必要です。 内部の研究といってもいいでしょう。

 昔話内部の研究としては、主として四つの方法が考えられます。 昔話の話型の研究、構造の研究、語りの様式の研究、そして、各要素が昔話内部でいかなる機能を果たしているかというイメージの研究です。
 話型については、20世紀初頭、フィンランドの研究者達が歴史的・地理的研究方法を樹立し、欧米では現在でも進められています。 日本では、ほとんど行われてきませんでしたが昔話研究の基礎なので、どうしてもしておかなければなりません。 この分野は、本研究所では土曜会という研究グループが進めています。 構造については、ソ連時代のウラジーミル・プロップ、アメリカのアラン・ダンダスらの偉大な研究があります。日本ではこれからです。 本研究所では、構造分析のための、コンピューター・ソフトの開発をしています。 様式については、スイスのマックス・リュティによる偉大な研究があり、われわれはそれに啓発されて日本の場合の研究を進めています。 イメージについてはほとんど手つかずの状態でしたが、本研究所では白百合女子大学小澤ゼミの学生・院生との協力で進めています。 昔ばなし研究所は、この四つの方法論を中心として、昔話そのものの研究をしています。

 このような昔話内部の研究がなぜ必要なのでしょうか。
 昔話は今日では、ほとんどの場合昔話絵本として、または昔話本として子どもたちに届けられます。 そのとき、昔話の文体とか各要素は本来このようなものなのだということが明確にされていなかったために、適当に変えられているものが多いのです。 それでは大切な伝承文化財である昔話が、きちんと次世代に伝えられないことになってしまいます。
  口伝えによる伝承が生きていた時代には、口伝えされる間に「自己修正の法則」といわれている自己修正力が働いて、口伝え本来の姿が回復されたのですが、 現在のように印刷物を通じてしか伝えられない時代には、この自己修正力は働きません。 そのために、絵本や本にするときに、制作者の方できちんとしておかなければならないのです。
 「きちんとする」とはどういうことなのか、という問題は、研究によってしか明らかにすることができません。昔ばなし研究所では、それを第一の課題としています。 その成果は、昔話に関心をもつ人々にひろく読んでもらうために公刊しています。

 第二の課題は、上記の四つの方法論に基づく研究を活用して、昔話の再話を試みることです。これも公刊していきます。
 今日の日本では、農村での口伝えが衰えるのに反比例して、各地で本からおはなしをおぼえて語る人が非常に多くなっています。 私はそれを「現代の語り手」とよんでいます。 伝承の語り手との違いは、子どもの頃おとなから毎晩のように昔話を聞いて、いつのまにかおぼえてしまったのではなく、おとなになってから、本をもとにおぼえたという点にあります。
 本からおぼえたのであっても、子どもたちになまの声で、対面して聞かせるという意味で、私は極めて重要な行為だと確信しています。 子どもとおとなが、昔話を中心にして向きあい、いっしょに感動するということは、テレビ化され、情報化された現代だからこそ、ますます重要な意味をもってきているのです。
 ところが、もし、おぼえる本自体が昔話本来の姿をこわしたものであったらどうなるでしょうか。 子どもたちにとって耳で聞いて心地よい昔話ではなくなり、従って、聞かなくなり、子どもへの伝承は切れてしまうわけです。
 そればかりか、そこにこめられた昔の人からの貴重なメッセージもこわれてしまうのです。

 昔ばなし研究所は、しっかりした話型、構造、様式、イメージの研究に基づく再話を試みます。そして、私が1992年から全国37都市で開講している昔ばなし大学の受講者にも、 正確な再話法を習得してもらい、研究所の再話制作に参加してもらいたいと、夢をひろげています。 昔話のような庶民の文化財の再構築は、一部のプロ作家だけにまかせるべきではありません。 正確な知識を習得した人が全国にいて、伝えたいはなしを正確な姿に再話するのが本来の道だと思うからです。
 子どもを愛し、昔話を愛する方々のご声援とお力添えを願う次第です。


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