『を』





誰のだったのだろう
道に“を”の字が 落ちていた
一瞬 自分のものではと思った
ほこりまみれの“を”の字

愛を 希望を 夢を 恵を
“を”が無ければ 祈れない
捨てたのだろうか
うっかり 落したのか

僕は ポケットの中で
自分の“を”を たしかめた
あるには あったけれど
こわれても いなかったけれど。


こわれても、いなかったけれど、
ポケットから出してみる気はしなかった。
それほどに、
気力を失い、目的をも見失いかけていた頃だった。
次の日も、“を”の字は、同じ場所に落ちていて、
もっと、ほこりを、かぶっていた。
その次の日も、そのまた次の日も、
“を”の字は、そのままあった。
僕は、とうとう“を”の字を拾った。
洋服のそでで、ぬぐってやると、
すこしは、きれいになった。
僕には、それから、小さなチャンスが訪れて、
元気を回復した。
その後も、
僕は拾った“を”の字を大切に預かっている。
もしかして、きみのだといけないから。

 


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