Essay


●●● てぬぐい ●●●

 

 昨年他界した祖父は明治の人で、生涯「ふんどし」を通した。
 「ふんどしは、日本てぬぐいに限るバイ」
 そういって、てぬぐいの片側に紐を付けて愛用していた。
 「こうしとったら、外に干しといても、よもやふんどしとは気付くまい」
 と、ひとり悦に入っていたが、二本の紐が垂れている様は、誰が見てもふんどしであること一目瞭然だった。
 ふんどしには、必ず糊を利かせて、丁寧にアイロンを当てる。
 「ゴワゴワしないの?」
 と聞くと、
 「こうしとらんと、気合いが入らん」
 と、これまた明治の人らしい返事。温泉に行った時などは、洗濯を兼ねてそれで身体を洗ったりして、それは江戸時代の人のような発想だな、と感心したこともあった。
 「ふんどしは、形見としてお前たちにやる」
 というと、女の子ばかりの孫は、キャアキャアと騒いで嫌がるものだから、度々悪戯にそんなことをいっては、笑っていた。
 本当に亡くなったとき、ふと、ふんどしのことが心をよぎったが、結局、手元に彼のふんどしは残っていない。
 アイロンのかかった糊付けふんどしは、祖父の頑固さと、律儀さを象徴しているような気がする。本当に厳しくて、優しい祖父だった。
 今でもてぬぐいを手にすると、必ず彼のことを想う。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


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