Essay


●●● 釜飯 ●●●

 

 長野新幹線が出来る前、軽井沢へ行くときには必ず「あさま号」に乗り、横川の駅で釜飯を買った。十人中八、九人がそうしていたのではないかと思う。横川から軽井沢までは、確か十五分ほどの距離だから、ちょっと待てば目的地に着いて、美味しい店に行けるはずなのに、誰もが窓から顔を出して釜飯を買うことを楽しみにしていた。釜を捨てるのがもったいなくて、幾つかは持って帰ったように思う。横川の釜飯には、あんずが一枚のっかっていた。炊き込みご飯とはミスマッチな、この一枚のあんずが、「高原に来た」という気分にさせてくれた。なかなか渋い演出ではないか。

 軽井沢には、一年に一度は出かけていた。「浅間山荘事件」の報道を見たのも軽井沢だった。両親や、一緒に行った親戚 のお兄ちゃんたちは、テレビの前に釘付けになってしまい、私と妹は退屈していた。
  「ねえ、どこかへ行こうよう」
 と拗ねた声を出しても、大人たちは生返事だ。今思えば、前代未聞の大事件を目の当たりに、テレビ釘付けは当然の事なのだが……。
 つまらないなあ、と窓から外を眺めていて、私はすごいものを見付けてしまった。てんとう虫の集団越冬だ。雨戸の裏に何百匹というてんとう虫がへばりついて眠っていた。彼らは成虫の姿で越冬する。アカホシテントウもクロホシテントウも、ナナホシテントウも、肩をよせあって(どこが肩だか分からないが)眠っていた。
 当時「虫博士」とあだ名されていた私のこと、小さな容器をみつけてきて、端からてんとう虫を詰めだした。可哀想なてんとう虫は、張り付いて眠っているのをはがされた挙げ句、満員電車みたいなところに入れられてしまった。そのうち、私の手の温かさと、部屋の暖かさで目が覚めたとみえて、一斉に動き出した。
 そのときの様子は、虫博士が見ても、気持ち悪かった。

(2000年10月の個展『心の図鑑』より)


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